弘前りんご_新参者の宝塚日記

大阪から転勤で仙台8年、青森県弘前で21年暮らした関西人が、関西圏とはいえ、大阪とは違った土地の宝塚に住み、いわば新参者として暮らす中で、見聞きしたこと、思ったことをつれづれに書き綴って行きます。
何を今更ですが、クラシック音楽の楽しみとは。
0
    音楽にはもちろん様々なジャンルがあります。そして人によって好みが分かれます。



    私は演歌一筋!とおっしゃる方がいるように、一つにジャンルにこだわり、それを追求する人もいれば、私は雑食ですからと、ポピュラーからクラシックまで様々なジャンルを楽しむ人もいます。



    また、一つの大きなジャンル、例えばクラシックの中でも、バロックしか聴かないという人もいれば、現代音楽以外に関心はないという人も。そしてもちろん、そんな分類なんか知ったこっちゃない、面白ければなんでも聴くという(私か ^_^;) 人も少なからずいます。

    ただ、いわゆるクラシックが、ポピュラーやジャズと違う点は、同じ曲を異なる演奏者が演奏するのが基本だということ。もちろん、ポピュラーでもカバー曲とか、アレンジと言った具合に、違う人が歌うケースもありますが、それは数的にはまれです。

    なので、クラシック音楽を聴く場合の大きな楽しみの一つに、例えばベートーヴェンの交響曲5番のCD,コンサートが数多くあり、それを聴き比べて、ああだこうだというものがあります。

    さらに、同じ音楽家の演奏でも、時期とともに変わってゆくことを、今の時代ならCD、Youtubeなどのメディアで後追いすることも可能ですね。
    あんなにハツラツとした演奏をしていた人が、今や円熟した、あるいは枯れた演奏をするなんて、でもこれもいいな、とか言った楽しみ方もあるわけです。その場合、以前はあんまり好みじゃなかったけど、最近の演奏は魅力的だと、受け取り方も変わって来たりします。それがいずれも同じ曲でありながらです。

    私にとって、そんな演奏家のひとりが、エフゲニ・スヴェトラーノフです。



    壮年期、ソビエト国立交響楽団を指揮していた頃、指揮台に写真のような赤い扇風機を備えて (メタボのため? ^_^;)、汗をかきかき、爆演とまで呼ばれた演奏を繰り広げていた頃は、そのイメージが先行してしまったせいもあり、あまり聴くことはありませんでした。

    S Rachmaninov: Symphonic Dances. SVETLANOV, USSR SO

    http://www.youtube.com/watch?v=NW5T9WuInIA

    しかし、ヨーロッパの他のオケで客演するようになり、特に晩年近くからスウェーデン放送管弦楽団といくつも録音を残していますが、それが以前のイメージを覆す、精緻な音楽作りをするようになったように感じました。それからは、その録音を探してはCDを買い集めてきました。

    Wilhelm Stenhammar,Symphony No.1

    https://www.youtube.com/watch?v=WabC-5Sa1JA

    これは私にとって、好ましい変化でした。これもクラシック音楽における楽しみ方だと思っています。

     
    | 弘前りんご | 音楽 | 06:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
    新たなまちおこしの方法?_“ふらいんぐうぃっち”
    0


      これは、弘前市の広報誌の表紙です。
      お固い地方公共団体の広報誌の表紙にしては、ずいぶんと柔らかい (^_^;) デザインですね。

      なんでもこの絵(漫画)は、ふらいんぐうぃっち(石塚千尋 作)という漫画で、弘前に移り住んできた若い魔女の日常を描いたものだそうです。黒猫がいつもいっしょなんて、魔女宅のパクリか?と思ってしまいました (^_^;)

      舞台が弘前ということで、実際の地名や観光スポットがふんだんに出てきます。なにせ、第1ページが下湯口バス停 (^_^;)  そしてスマフォの専用アプリで、漫画に登場したスポットに行ってスマフォをかざすと、画面に主人公が登場し、そこを紹介するといったものまででているそうです。

      これまで町おこしと言うと、地場の産物・名物料理あるいは新たに考案したレシピでもてなす、というのが定番でした。しかし、それにも限界があります。しかし、このような漫画とコラボして、新たな観光誘致を行うというのもアリかもしれません。実際、この桜祭りに合わせて来弘した若い女性たちがスマフォを街角でかざしている光景を目にしたということですから。
       
      クールジャパンと称して、日本のサブカルチャーである漫画を海外に売り込む、ということをやっていましたが、存外、用い方次第では日本人に対しても有効なのではないでしょうか。
       
      | 弘前りんご | 社会 | 07:04 | comments(2) | trackbacks(0) |
      夜桜もいいですね。
      0



        (弘前公園 弘前工業高校口のお堀)

        今年は、昨日のブログにも書いたように、弘前城の石垣改修工事が始まる前にということもあって、例年以上に桜を撮りに足を運びました。しかし、弘前の桜の魅力は、昼間だけではありません。
        ライトアップされた桜も見事です。


        西濠のボート乗り場から見た桜のトンネル(右側)



        桜だけでなく、それに彩られた風景も風情があります。




        西濠 桜のトンネル


        市役所前広場のラッパを吹く少年の像

        そして、この桜を守り続けている、関係者諸氏にお礼申し上げます。
         
        | 弘前りんご | 紀行 | 06:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
        弘前に桜の季節がやって来ました。
        0
          桜の季節がようやく訪れたと思ったら、もう桜吹雪のようになって、散り始めています (^_^;)
          特にソメイヨシノは、花の命は短いですね。




          例年より1週間も早く開花し、数日前の雨と強風でずいぶんと散るのが早まったような。お堀をピンクの花が花筏となって埋め尽くすのも、まもなくかと。



          それはともかく、今年の桜まつりは格別です。なぜなら、天守閣の下の石垣が崩落の危険性が有るとのことで、今年から改修工事に入り、夏には曳家といって、天守閣ごとそのまま本丸中央に移動させるため、下乗橋、桜、天守閣の3つ揃った光景は後10年ほどは見られなくなるからです。
          そこで、弘前市が粋な計らいをしてくれました。




          工事のために埋め立てた内堀に、さくらまつり期間中、石垣観賞用に一般客を入れてくれることになりました。





          お陰で、こんな見あげるような光景も目にすることも出来ました。



          野面積みというのでしょうか、形の揃っていない石を巧みに組み上げて、却って揃った石による石垣より強固なものができるわけです。その石垣が築後400年持ってきたのがその証拠です。







          いつもは通るだけの下乗橋もこの通り、下から眺められました。
          そんなこんなで、今回は例年以上に弘前公園に足を運びました。


          お陰で今年の桜はそのため、いつも以上に心に残るものになりました。
           
          | 弘前りんご | 紀行 | 07:29 | comments(2) | trackbacks(0) |
          画家ドラクロワは今日4月26日が誕生日
          0

            (ドラクロア 1798年4月26日ー1863年8月13日 wikipediaより)

            ウジェーヌ・ドラクロア。ロマン主義の代表的画家ですね。今日は彼の誕生日です。


            (ルーブル美術館蔵 1830年 wikipediaより)

            この絵、民衆を率いる自由の女神は、フランス政府が彼から買い上げた絵で、みなさんも歴史の教科書などで見たことがあるかと思います。画家を目指して弟子入りしたのは、新古典主義の画家ゲラン。


            (キオス島の虐殺 1823-24年 wikipediaより)

            しかし、彼が選んだ題材は、たとえばこのトルコによるギリシア住民の虐殺事件など、
            社会的な事件など劇的なものが多く、他の新古典主義の画家たちとは異なりました。
            後に新古典主義の巨匠、ドミニク・アングルに、”こんな愚かな世紀と決別したい”と言わしめたとか。

            (アルジェの女たち 1834年  wikipediaより)

            そんな彼も、1832年にフランス政府の外交使節に記録画家として随行して、
            モロッコを訪れた際に、エキゾチックで光溢れる世界に触れて、それまでの暗い劇的な色調から、色彩に富んだ画風へと大きく変化させます。

            その後晩年まで、ルクサンブール宮殿、パリ市庁舎などの装飾なども手がけ、活躍しました。
            | 弘前りんご | 美術 | 05:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
            + RECOMMEND
            失われた手稿譜 ヴィヴァルディをめぐる物語【電子書籍】[ フェデリーコ・マリア・サルデッリ ]
            失われた手稿譜 ヴィヴァルディをめぐる物語【電子書籍】[ フェデリーコ・マリア・サルデッリ ] (JUGEMレビュー »)
            (弘前りんご)

            自身もバロック音楽の研究者であり、演奏家であるサルデッリが書いた、”失われた手稿譜 ー ヴィヴァルディをめぐる物語 ー” では、ヴィヴァルディが亡くなった直後から漂流し始める、ヴィヴァルディが残した膨大な手稿譜が本当の主人公であり、小説の形をとっているものの、そこに書かれたことはほとんどが事実です。

            しかし、その手稿譜がたどったその後の運命は、数奇としか言いようのないものでした。

            手稿譜を借金の方に取ろうとする債権者、取られるのを防ごうとしたヴィヴァルディの弟。

            修道士会に寄付されたものの、その価値がわからない修道士たちは、それをごみのように扱い、教会の倉庫の奥に放り込でしまい、長い年月の眠りにつきます。

            その後その存在を知った貴族が個人のコレクションとして入手。

            研究し、その散逸を防ごうとした研究者と、骨董的価値にのみ注目するファシスト政府との攻防。

            いずれも手に汗握る展開で飽きさせません。

            最大の貢献者の一人、ジェンティーリが追われて大学を去るときの言葉

            ”正しきものは、とこしえに記憶される” が、心に染み入ります。
            + RECOMMEND
            旅屋おかえり [ 原田マハ ]
            旅屋おかえり [ 原田マハ ] (JUGEMレビュー »)
            ”旅屋おかえり”は、旅そのものが目的であり、生きがいの、そしてそれを仕事にしてしまった一人の女性の夢、挫折そして再生の物語です。

            旅屋とは、故あって自分は旅に出ることが叶わない依頼人に代わって旅をして、本人の代わりに希望の体験や目的を果たして、その旅の記録を依頼者に成果として届けるというもの。それを思い立ったのは偶然の出会いから。

            またタイトルのおかえりは、家に、故郷に戻ったときに掛けられる言葉、”おかえり” と、丘えりこの愛称、おかえりをもじったものです。そしてその言葉を聞きたくて旅に出るのです。

            旅屋の仕事としての旅によって、契約内容を遥かに超える成果(人間関係のもつれを解き、凍てつきを融かす)がもたらされるだけでなく、主人公、そしてそれを取り巻く人々の心までも癒やしてゆきます。

            そして成功するまでは故郷には帰れないと覚悟している主人公が、故郷で待つ母のおかえりという言葉を聞ける日も間もないというところで、小説は幕を閉じます。

            まさにハートウォーミングな小説。読後にじんわりと心があたたまる作品でした。
            + SELECTED ENTRIES
            + RECENT COMMENTS
            + CATEGORIES
            + ARCHIVES
            + Google Adsense
            + Google AdSense
            + Google AdSense
            + Google Adsense
            + Google AdSense
            + MOBILE
            qrcode
            + LINKS
            + PROFILE