弘前りんごの北のまほろば

司馬遼太郎の”街道をゆく”のタイトル”北のまほろば”に魅せられて、本州最北端の県にやってきました。日々見聞きしたこと、感じたこと、考えたことなどをつれづれなるままに綴ります。
今日5月27日は、ルオーの誕生日_芸術家の友情とは?
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    あべのハルカスの美術館では、今マチスとルオーの作品と二人の交流を軸にした美術展が明日5月28日まで開催中です。

     

     

    ルオーとマチスは、共に象徴派の巨匠ギュスターヴ・モローの門下で、共に学び切磋琢磨した間柄ですが、その画風は時と共に全く違ったものに。

     

    ギュスターヴ・モロー自画像(wikipedia)

     

    モローは、自分の画風を押し付けるようなことはなく、それぞれの個性を大事にし、その才を引き出す名伯楽だったようですね。

     

    (1871年5月27日 - 1958年2月13日)

     

    そんなモローをルオーは一生敬愛し、モローの死後はモローの旧居を開放したギュスターヴ・モロー美術館の初代館長を務めました。

     

    キリストと漁夫たち(汐留ミュージアム所蔵)

     

    また、ルオーは自分に厳しく、いったん仕上がった作品でも、その後も納得がゆくまでずっと加筆を続ける作家でした。そして、晩年には自分の死までに完成に至らない見込みの作品を数多く火にくべて燃やしてしまいました。

     

    そんなルオーですが、タイプの違うマチスとの間の友情は、50年もの長きにわたり、ずっと変わりなく続いたようです。交換書簡も多く残っています。

     

    今日はそんなルオーの誕生日。

     

    ところで、友情と言えば、同じくマチスとピカソとの間のそれも知られています。

    その機微については原田マハの”ジベルニーの食卓”(短編集)の一章(うつくしい墓)で紹介されています。最初はその芸術感の違いから激しいライバル意識を持ったようですが、それがお互いを認め合い、友情へと昇華していったようです。

    | 弘前りんご | 美術 | 06:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
    50代にしてプーだった?レオナルド (^_^;)
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      レオナルド・ダ・ビンチ(1452年4月15日 - 1519年5月2日、wikipedia)

       

      ミラノ公国で才能を大いに発揮し、ヨーロッパにその名を轟かせていたレオナルド・ダ・ビンチ。

       

      ミラノ時代の最高傑作と考えられる、ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の壁画、『最後の晩餐』

       

      しかし、フランスとの戦争に負けたミラノ公ルドヴィーコの支援を失い、その後転々とした後フィレンツェにたどり着きます。名前こそ知れ渡っているものの、実情は仕事のない状況が続いたレオナルド・ダ・ビンチ。その時、アラフィフ、50代でした (^_^;)。

       

      それに救いの手を差し伸べたのが公証人セル・ピエロ。レオナルドの実の父でした。

       

      ヴェロッキオの工房で、弟子として一部を描いた『キリストの洗礼』。左下の幼い天使を描いたとされる。


      レオナルドは彼の庶子だったため後継者とならず、絵の才能があることからヴェロッキオの工房に弟子として出されます。私はそれ以降、父と交流はないと思っていましたが、そうではなかったようですね。

       

      モナリザ(モデルは今も特定されていない)


      諸説があるものの、モナリザ(リザの肖像画)を依頼されて書くきっかけは、セル・ピエロが紹介したからと言う説が近年出されました。


      セル・ピエロはリザの夫の公証書を作成するなどの付き合いがあったようです。しかし、それを注文主に渡すこと無く、ようやく見つけた次の支援者ジュリアーノ・デ・メディチが入るローマに移り住みます。

      最新の研究では、現在のモナリザの絵の下にさらに3つの女性像をみることができるといいます。その時々のダ・ビンチの生きた時代、彼の思いがそこに込められているのでしょうね。

       

      | 弘前りんご | 美術 | 06:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
      3つもあったとは知らなんだ (^_^;)
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        保永堂版、行書版、隷書版の3つもあったとは、恥ずかしながら知リませんでした。

        なに、歌川広重の東海道五十三次の話です (^_^;)

         

        歌川広重(三代豊国筆 wikipedia)

         

        彼の代表作であるこの作品(保永堂版)が人気を博したのには、時期が熟していたことも幸いしたようです。十返舎一九で東海道の旅が人気を博していたところに、東海道五十三次の初版、保永堂版が登場したことで、一躍人気浮世絵師となったんですね。

         

        保永堂版東海道五十三次 日本橋 (wikipedia)

         

        しかし、彼のすごいところは、それで満足せず、この作品をアップグレードして行った処。。

         

        隷書版東海道五十三次 四十番 鳴海(wikipedia)

         

        そして、隷書版に至っては、鳴海の宿では西洋絵画の技法、遠近法も取り入れています。

         

        隷書版東海道五十三次 四十一番 宮(wikipedia)右下半分の湊と左上の一群の帆掛け舟は明らかに視点が違う。

         

        宮の渡しではセザンヌを先取りする異なる視点を一つの絵に入れ込むという、晩年に至っても衰えない探究心。

        一つには先輩でありライバルであった北斎を乗り越えたいという思いもあったのかもしれません。

         

        『歌川広重 東海道五十三次 保永堂版・行書版・隷書版』(2017)中山道広重美術館 刊行

         

        またじっくりと作品と向かい合ってみたいものです。

        | 弘前りんご | 美術 | 06:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
        文化における伝統とはなんだろうか?
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          非日常(戦争、殺戮の場)から日常(家族との交流の場)に戻る際に、いわばリセットする目的で茶の湯を嗜んだ戦国武将たち。それに形を与えたのが千利休。

           

          千利休像 長谷川等伯 春屋宗園賛 (wikipedia)

           

          簡素なわび茶(草庵の茶)が受け入れられたのは、リセットするのに適しているからだったのでしょう。

           

          利休好みと言われた、黒楽茶碗(俊寛)〈長次郎作/〉(文化遺産オンラインより)

           

          その高弟である古田織部は、秀吉・家康と中央集権が整っていく中での閉塞感に抗うような自由闊達な茶の湯(へうげる「ひょうげる」ものに美、意味を見出す)を確立しました。

           

          古田重然(織部)像(大阪城天守閣蔵)

           

          古田織部美術館蔵

           

          その後の茶の湯はどうなったのでしょうか。

          茶をたて、飲む、という時間の中に、単なる様式以上の、自分を見出す精神的な営みとしたこれら先達に比肩する新たな潮流というのは今の時代にあるのでしょうか?

           

          | 弘前りんご | 美術 | 06:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
          真のグローバル化とは_日本の伝統文化を守る外国人
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            NHKドキュメンタリー _ ETV特集 「日本の文化財を守れ 〜 アトキンソン社長の大改革」

             

            録画していたのをようやく見ることが出来ました。

             

            ゴールドマン・サックスのアナリストとして働いて居たときの給料にくらべ、美術工芸品修復会社の社長を勤める今の給料はそのときの20日分くらいにしかならないとか。しかし、人生の深い迷いから救ってくれた日本の文化や遺産に対して、それを守る仕事をすることで、恩返しする毎日とのこと。

             

            ただ、この方のすごいところはそのような精神論だけでなく、アナリストの本領を発揮し、日本の文化行政、運営の問題を鋭く指摘して、時代にあった対応をすべきだと提言するところです。

             

            何百年、千数百年と連綿と維持されてきた文化財は、それを守り維持されてきたから、そのためには常にその技術の継承がなされなければならない。しかし、色んな分野で職人たちは高齢化し、新しい後継者が育っていないのが現状。そのため、自身が勤める修復会社の旧態然とした体制を、古い職人たちの反発を恐れず断行したそうです。

            反発を覚悟で高給の古い職人の給料を大幅にカットし、若い人に回すという苦渋の決断をしたとか。

            その一方で、イベントごとに雇う形だった職人を全て正職員として採用して、その生活の安定を図りました。

             

            またその仕事の質を高く維持するため、あえてその現場に素人の社長が乗り込んでチェックをする。

            そうすることで結果的にいい意味での緊張感が生まれて、納品後のクレームが激減したそうです。

            今では反発した職人たちからも信頼を獲得しているようです。いつか、社長にGood Jobといわせてやるんだと (^o^)

             

            春日大社 HPより

             

            合理的なシステムを導入する一方で、たとえば春日大社の本殿の朱を、赤字覚悟で非常に高価で扱いにくい本朱とすることを譲らない。千数百年続いてきた事を変えてしまうことの問題点の大きさをしっかり認識しているところも頭が下がります。

             

            また、当然の対価を払うことを拝観者が受け入れる必要があると主張しています。

            ヨーロッパでの拝観料の平均は1800円ほど。それに対し日本では600円。

            それでも以前は日本の経済、人口が右肩上がりの頃は収入も増えてやって行けたけれど、少子高齢化の現在はそのビジネスモデルは破綻する、と言うかすでに破綻しているため、十分な修復を出来ずに放置されているところが数多くあります。

            では、1800円に値上げすればOKなのか? それでは拝観者がそれを嫌ってますます足が遠のき、地方の公共交通機関と同じ衰退の道をたどるでしょう。

             

            そこで、たとえば日本に関心のある欧米人の観光客を呼び込む。その代わり、今の紋切型の小さな解説板で済ませるのではなく、十分な情報を盛り込んだ英語のパネルを各所に設ける。そして、ただ静物的にみせるだけでなく、そこで当時行われていた行事などを再現し、できれば参加型にするなどの工夫をすることで、値上げした拝観料に十分見合う内容にするのが大切だとしています。

            実際にそれを京都の二条城で実施し、大変好評だとか。

             

            他にも、目からウロコの視点を知ることが出来ました。

            そして机上の空論のような文化行政に大きな風穴が開くことを願っています。

            しかし、結局日本は外からの働きかけがないと、自身の価値を知ることが出来ないという、なんとも残念なことではありますが。

             

            | 弘前りんご | 美術 | 06:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
            昨日5月1日は、円山応挙の誕生日 (^_^;)(しかも旧暦だし ^_^;)
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              近代日本絵画の一大潮流、四条円山派の始祖である、円山応挙。

               

              円山応挙(享保18年5月1日(1733年6月12日)- 寛政7年7月17日(1795年8月31日)、wikipedia)

              狩野派、琳派の作風に、写実的な描写を取り入れた独自の画風を確立し、現代に続く京都画壇(竹内栖鳳など)の礎を築きました。

               

              藤花図(根津美術館)

               

              この絵のように、幹の部分は水墨画の一筆で描く手法を取りながら、藤の花の部分は精緻な描写をしています。

               

              著名な弟子として、呉春や長沢芦雪など、いずれも独特の画風を持っています。

              円山応挙自身が、弟子に自分のやり方を押し付けたり制約したりしない、自由な雰囲気を持っていたのでしょうか。

               

              応挙は京都から出ること無く、そこで一生を過ごしましたが、どういうわけか京都から遠く離れたこの弘前に、彼のいわくつきの作品が残されています。久渡寺の幽霊の絵です。

              なんでも奥さんをモデルにしたとか。そして日本の幽霊に足がないのは、この絵が始まりだそうですね。

               

               

              この絵は、今年も妻の命日である旧暦の5月18日にのみ、公開される予定です。

               

              (*)昨日は寝ぼけ眼で更新したので、この内容を1日にアップすべきであったのをうっかり忘れてしまったことは内緒です (^_^;)

              | 弘前りんご | 美術 | 07:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
              今日4月14日は、マダムXを描いた画家、サージェントの命日
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                マダムX (ゴートロー夫人)(1884年 メトロポリタン美術館蔵 wikipedia)

                 

                マダムX、このなんともいわくありげなタイトルの絵。

                 

                ジョン・シンガー・サージェント (1856年1月12日 - 1925年4月14日、wikipedia)

                 

                描いたのは、当時パリで肖像画家として売り出し中だった、ジョン・シンガー・サージェント。

                モデルは、パリの社交界でこれまた人気上昇中だった、ゴートロー夫人 (ゴートローはフランスの銀行家)。二人はともにアメリカ人で、知り合って意気投合して肖像画を描くことになったのですが。

                 

                この絵の発表が、モデルそして描いた画家を一大スキャンダルに巻き込むことに。当時、人妻を描いた作品としては、あまりに官能的で下品であると、批評家から強い非難を受けてしまったのです。それを受けて、パリの社交界は大騒動に。若くて明るく知的なゴートロー夫人の人気を妬むものもいたのでしょう。

                 

                結果、サージェントはその騒動から距離を置くためロンドンに移って活動することになり、一方夫人は社交界から姿を消すことに。

                 

                しかし、今ではこの絵は優れた肖像画として人気を博しています。

                この作品を受け入れるには、まだ早かったということでしょうか。
                | 弘前りんご | 美術 | 06:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
                日本にもフェルメール作品があった?
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                  世界中に多くのファンのいる画家、フェルメール。

                   

                  ヨハネス・フェルメール (1632年10月31日? - 1675年12月15日

                  『取り持ち女』(1656年)の左端の人物。自画像だとする説による。wikipedia)

                   

                  ディアナとニンフ達 (1655年ー1656年、wikipedia)

                   

                  オランダの古都デルフトを出ることなく、生涯をそこで過ごし、初期には物語絵を書いていたものの、その後は書いた絵はことごとく(殆どが)室内の生活のいちシーンを描いた、風俗画と呼ばれるもの。

                   

                  『窓辺で手紙を読む女』1659年頃。アルテ・マイスター絵画館(ドレスデン)

                   

                  登場人物は、大抵が一人か二人。左側にある窓から差す光が暗い室内を魅惑的に浮き上がらせる中で何かをしている静かな絵。静物画といってもいいほど。

                   

                  『手紙を書く女』1665年-66年頃。ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)

                   

                  しかし、よく見ると実に巧みな技で描かれていることがわかります。構図も実によく考えられていますし、何と言っても配色のマジック。そこに天才的な物を感じます。たとえば、この絵では鮮やかな黄色いガウンを女性が羽織っていますが、黄色に塗られたのは実は方の部分のみ、ガウンのその他の部分は別の色、例えば腕の影になっている下の部分は茶色なんですね。

                  そうすることに拠って、散漫になるのを防いで黄色を際立たせ、見るものの目をこの人物にまず向けさせる効果があります。

                   

                  そんな彼の作品、30数点と非常に少ないのです。

                  そして、本国オランダに6点あるものの、アメリカが最も多く13点。メトロポリタン美術館に5点、ワシントン・ナショナル・ギャラリーに4点、フリッツギャラリーに3点、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に1点(ただし盗難に会い、行方不明中)

                  http://kininaruart.com/artist/world/vermeer.html

                   

                  そして、実は日本にも1点あります。場所は上野の国立西洋美術館。

                   

                  『聖プラクセディス』(1665年ごろ)

                   

                  見ての通り、物語絵です。

                  ただ、この作品には真贋論争があり、まだ確定していません。

                  もし本物であったとするなら、フェルメールの最初期の作品ということになります。

                  | 弘前りんご | 美術 | 06:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  突発性ミュージアム症候群2017(4)_ 大エルミタージュ展(森アーツセンターギャラリー)
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                    六本木ヒルズの広場に展示された、N.S.ハルシャの塑像

                    今、53階の森美術館の方で開催中(こちらは先日行きました *^^*)

                     

                     

                    4つ目は、また六本木に戻って、ヒルズ52階にある、森アーツセンターギャラリーで開催中の大エルミタージュ展。

                     

                    入ってすぐの展示室にあった、唯一撮影可能だった、エカテリーナ二世の肖像画。

                     

                    エルミタージュは隠れ家という意味で、ロシアロマノフ王朝のエカテリーナ二世の私的なコレクションが始まり。とは言え、所蔵美術品が300万を超えるというので、もはや隠れ家ではないですが。

                     

                    今回は特にオールドマスターを中心に据えた展示でした。

                    オールドマスターとは、18世紀以前の芸術の世界で活躍した巨匠たちを指す言葉で、ティツィアーノ、クラーナハ、ルーベンス、ヴァン・ダイク、レンブラント、スルバラン、フラゴナールなどの名品が展示されていました。

                     

                    (wikipedia)

                     

                    どれも素晴らしい作品ばかりでしたが、中でもこのスルバランの ”聖母マリアの少女時代”。

                    スルバランは、ベラスケスと共に17世紀前半に活躍したセビーリャ派の画家ですが、この編み物をする手を休めるマリアの敬虔でかつ愛らしい表情に、すっかり心を捉えられてしまいました。

                     

                    スルバラン(1598年11月7日 - 1664年8月27日、wikipedia)

                     

                    カラヴァッジョばりの明暗のコントラストを用いた、鋭い表現の人物像や静物画が多い彼の作風からすると、異例のものといえます。

                    ほかにも見どころ満載、ぜひ一度皆さんもお越しください。

                     

                     

                    | 弘前りんご | 美術 | 05:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    突発性ミュージアム症候群2017(3)_ すみだ北斎美術館
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                      今回の美術館探訪(^_^;)では、都営地下鉄大江戸線沿線の美術館を巡っています。

                       

                       

                      設計者は、金沢21世紀美術館や、ルーブル美術館ランス別館を設計した、妹島和世(せしまかずよ)

                      現代的な姿ながら、アルミパネルを表面に用いることで、周りの風景を写し込んで、溶け込んでいるようですね。

                       

                       

                      3つ目は 両国駅から歩いて数分のところにある、出来て間もない北斎美術館。

                      前の公園からはスカイツリーが見えます。

                       

                       

                      4階の常設展示室の入り口の反対側の壁に掲げられていたのが、この大きな絵馬。

                      北斎86歳のときの作品で” 須佐之男命 厄神退治之図”。

                      この近くの牛嶋神社に奉納されたもの。残念ながら、関東大震災の火事で焼失し、これはこの美術館開館を記念して最新技術を駆使して復元されたもの。

                       

                       

                       

                      もちろん出来て間もない事もあって、建物、展示スペースが新しくて気持ち良いこともありますが、展示の方法がよく工夫されていて、解説もタッチセンサー式のモニターにて自在に見ることが出来ます。またその内容も詳細でかつわかりやすいものでした。

                       

                      釣り竿を持つ子と亀を持つ子

                       

                      巳待(みまち)

                       

                      あづま与五郎 残雪、伊達与作せきの小万 夕照

                      一緒に刷ったあと切り離すはずのものが、そのままで残った二丁掛という珍しいもの。

                       

                      富嶽三十六景の神奈川沖浪裏(この当時、北斎改為一(ほくさい あらため いいつ)の署名が)

                      浮世絵に、名所案内ではなく、純粋な風景画のジャンルを確立した作品。

                       

                      富嶽三十六景 凱風快晴

                       

                      北斎と娘、応為(阿栄 おえい)。北斎は画狂老人卍と称していました

                       

                      企画展は終わった直後でしたが、有名な作品(神奈川沖浪裏や凱風快晴など)もあって、所蔵品の常設展示だけでも実に見ごたえがありました。(ちなみに展示品は、光に弱い原本を守るため、高精細レプリカです)

                      そして、他の美術館などから借りているものは別として、全て撮影可能であることもうれしいですね。墨田区の住民の方が羨ましいです (*^^*)

                       

                      | 弘前りんご | 美術 | 06:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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