弘前りんごの北のまほろば

司馬遼太郎の”街道をゆく”のタイトル”北のまほろば”に魅せられて、本州最北端の県にやってきました。日々見聞きしたこと、感じたこと、考えたことなどをつれづれなるままに綴ります。写真、音楽、そして本好き(万葉集)なアラ還です。
和歌山が生んだ偉人とは。濱口梧陵
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    和歌山県(国土交通省、wikipedia)

     

    以前、和歌山の方には大変失礼ながら、和歌山県は歴史的役割を終えた県だなんて暴言を吐いてしまいました。いささか弁解させてもらうなら、全国レベルだけでなく、近畿地方でも、その存在感は大きいとは思えなかったからです。

    しかし、幕末以降、歴史的な業績を残した人物を多数輩出しているという点では、和歌山県は日本の中でも有数の県だということは認めざるを得ません。
    知の巨人南方熊楠しかり、巧みな外交手腕を発揮して明治の不平等条約の撤廃に功績のあった陸奥宗光、世界に誇る楽器、音楽製品製造ヤマハの創始者山葉寅楠、ビタミンAの単離精製に世界で初めて成功し、当時の多くの日本人を救った高橋克己などなど。

     

    (濱口梧陵 肖像画 )

     

    しかし、今最も忘れてならない人物といえば、浜口梧陵ではないかと思います。
    銚子の醤油製造業(現ヤマサ醤油)の当時7代目の当主だった彼の、安政南海大地震で地元、紀伊国広村(現在の和歌山県広川町)の村民の多くの命を救った行動、震災の被害で身動きがとれなかった紀伊藩を頼らず、私財を投げうっての復興事業。その時将来を見越して作った堤防が88年後の昭和南海地震での津波から住民を救った事実。そして重要なのは、それらの行動が彼の真の意味での教養によって裏付けられたことでした。どれをとってもまさに  noblesse oblige の精神で貫かれた生涯に頭が下がる思いです。

    さらに地方の地盤沈下と云われる現在、考えさせられることは、浜口にとって、江戸、銚子はあくまで商売の便宜上の存在であって、いわば枝葉であり、根っこはずっと紀伊の広村であったこと。地域活性化といっても、東京一極集中であるかぎり、本質的な改革にはつながらないと思えます。

    恥ずかしながら、私もこのことをずっと知らずにきたのですが、戦前には全国の学校教科書で”稲むらの火”という、安政南海地震で彼の取った行動が、読み物として紹介されていたようですね。戦後は戦前の否定から始まったといわれますが、こういった日本人として誇りに思える大事なことまで葬ってしまったことが大変残念です。また却って外国の人の方がよく知っているという現実があります。このことだけではなく、ぜひ語り継がなければならない多くのことがあるのではないでしょうか。

     

     

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    #和歌山 #偉人 #濱口梧陵 #​稲むらの火 #安政南海地震

     

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    | 弘前りんご | 歴史 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
    今日5月30日は、オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルクの命日です。
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      Joan_of_Arc_miniature_graded.jpg

      ジャンヌ・ダルク(wikipedia)

       

      英仏百年戦争のさなか、神の啓示を受けたというオルレアン生まれの少女が彗星のごとく現れ、それまで劣勢だったフランス軍に勝利をもたらしました。

       

      Jeanne_d_Arc_(Eugene_Thirion).jpg

      ウジェーヌ・ティリオン:大天使ミカエルの声を聞くジャンヌ・ダルク(wikipedia)

       

      その名はジャンヌ・ダルク。亡くなったときは20歳前。

       

      シャルル7世戴冠式のジャンヌ・ダルク(wikipedia)

       

      しかし、英仏の指導者間の取引によって、一転国家的反逆者とされた彼女は、不服従と異端の疑いで異端審問に掛けられます。

       

      Joan_of_arc_interrogation.jpg

      ポール・ド・ラ・ローシュ: 審問を受けるジャンヌ・ダルク(wikipedia)

       

      そして5月30日火刑台に送られ、その短い一生を終えることとなりました。若者なら、大人って汚いって言うところなんでしょうけど。

       

      Stilke_Hermann_Anton_-_Joan_of_Arcs_Death_at_the_Stake.jpg

      ヘルマン・シュティルケ:火刑台のジャンヌ・ダルク(wikipedia)

       

      その25年後に、ローマ教皇カリストゥス3世の名で開かれた復権裁判で無罪と殉教が認められ、フランスの守護聖人の一人となりました。

       

      そのあまりにも波乱万丈、あまりにも短い生涯に啓示を受けた多くの作家、芸術家が彼女を取り上げた作品を発表しています。

      古くはシェークスピア、フリードリヒ・フォン・シラーらの戯曲、ヴェルディ、チャイコフスキーの歌劇、そしていくつもの映画になっています。

       

      今日はフランスの作曲家、オネゲルのオラトリオ『火刑台上のジャンヌ・ダルク』をお聞きください。

      Arthur Honegger Jeanne Darc au bucher Oratoriya Franciya (2006)

      https://www.youtube.com/watch?v=LPufeG1t1EY

       

      またその生涯を描いた映画はこちらです。

      ヴァージン・ブレイド

       

       

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      #ジャンヌ・ダルク #英仏百年戦争 #救世主 #異端審問 #聖人 #オネゲル #火刑台上のジャンヌ・ダルク 

       

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      | 弘前りんご | 歴史 | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
      令和で今話題の万葉の故地、奈良。なるほどそれで東向通(ひがしむきとおり)。奈良の地名の由来に納得。
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        ” 青丹よし 奈良の都は 咲く花の 匂うが如く 今盛りなり ”

                (万葉集巻3-328 大宰少弐 小野老 朝臣)


        (復元された、大極殿正殿)

        この歌を詠んだ年の前年に、太宰府に赴任した小野老が、大伴旅人が開いた宴で、遷都から20年、今や絶頂期の奈良の都を思って詠んだ歌ですね。

        小野老自身は20年ぶりの昇進で晴れやかな気分でいたのかもしれません。

         

        大伴旅人(たびと)は、万葉集編纂者と考えられている、大伴家持(やかもち)の父。彼が太宰帥(だざいのそち;太宰府長官)として赴任した際に、太宰府の官僚の大宰少弐(官僚トップの大宰大弐の次)として仕えたのが小野老でした。

        一方、旅人は60歳という高齢で、赴任後まもなく妻の大伴郎女を亡くしており、この歌のような晴れやかな気分で居られたかどうかは定かではありませんが。

        さて、大阪に生まれ育って、奈良はいわばお隣さん。

        子供の頃から何度も行きました。
        近鉄線で行くことが多く、そのターミナル、近鉄奈良駅のそばに、奈良でもっとも繁華な商店街と言われる、東向商店街があります。


        (Google Mapより)

        ただ、それは南北に伸びていて、どうして東向という名前なのか不思議に思っていました。


        (平城京復元図)

        平城京は、聖武天皇の時代、藤原京の地から奈良の地に遷都されたもの。奈良の名は、土地をならして拓いたという意味があるとか。へえ、そうなんだ。


        (平城京街路図)(http://www6.airnet.ne.jp/manyo/main/map/image/heijyokyo.gif)

        しかし、この都は見方を変えれば、藤原氏の力によるものでもあります。
        その氏寺が興福寺ですが、それが平城京の東側の飛び出した区域(いわゆる外京[げきょう])の小高い場所に立てられました。(ちなみにその隣には聖武天皇によって立てられた東大寺があります。)

        その隆盛な興福寺にあやかって、その前の南北に走る通りが出来、門前町が形成されました。しかし、その寺におしりを向けることは出来ないと、通りに面してすべて西側に(東に向かって)店々が立ちました。それでいつとはなしに、東向き通りと呼ばれるようになったようです。

        その後都は長岡(京都)の地に遷都され、藤原氏の実力者たちもそちらに移ったこともあって、通りの東側にも家が立ち並ぶように(要するに興福寺を背にする向き)なったということです。もうお尻を向けても大丈夫ということで ^^;)

         

        * 4年前のブログ記事の改訂版です。

         

         

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        #令和 #奈良 #万葉集 #故地 #地名 #東向通り #市内一の繁華街 #名前の由来 #藤原氏 #興福寺 #東大寺

         

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        (弘前りんご)

        自身もバロック音楽の研究者であり、演奏家であるサルデッリが書いた、”失われた手稿譜 ー ヴィヴァルディをめぐる物語 ー” では、ヴィヴァルディが亡くなった直後から漂流し始める、ヴィヴァルディが残した膨大な手稿譜が本当の主人公であり、小説の形をとっているものの、そこに書かれたことはほとんどが事実です。

        しかし、その手稿譜がたどったその後の運命は、数奇としか言いようのないものでした。

        手稿譜を借金の方に取ろうとする債権者、取られるのを防ごうとしたヴィヴァルディの弟。

        修道士会に寄付されたものの、その価値がわからない修道士たちは、それをごみのように扱い、教会の倉庫の奥に放り込でしまい、長い年月の眠りにつきます。

        その後その存在を知った貴族が個人のコレクションとして入手。

        研究し、その散逸を防ごうとした研究者と、骨董的価値にのみ注目するファシスト政府との攻防。

        いずれも手に汗握る展開で飽きさせません。

        最大の貢献者の一人、ジェンティーリが追われて大学を去るときの言葉

        ”正しきものは、とこしえに記憶される” が、心に染み入ります。
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        阪急電車 片道15分の奇跡
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        ”さりげない日常の中にこそドラマがある”といわれますが、
        有川浩の”阪急電車”はそれをそっと掬いあげて小説にしたという感じです。

        初めはタイトルに惹かれて発売直後にアマゾンで取り寄せましたが、読み始めるとやめられず、一気に最後まで読んでしまいました。

        それをもとに朝ドラ”ちゅらさん”の岡田恵和が脚本を書いたのが、映画”阪急電車 片道15分の奇跡”

        原作の、短いいくつものエピソードを、阪急電車の今津線の走行に乗せてうまくあやとりのように話を紡いでゆきます。

        登場人物それぞれが、誇り高く、あるいは誠実であるがために生きにくく、孤立感を深めて立ち止まってしまっています。しかし、偶然に電車の中で、あるいは駅のホームで彼らが遭遇し、そして言葉を交わすうちに、自分を肯定してくれる人の存在に勇気付けられ、また歩き始めます。

        年の功でしょうか、宮本信子演じるおばあさんが、登場人物の何人かと直接言葉を交わす中で彼らの行く先を照らし、その彼らがまた出会った他の登場人物に元気を与えてゆきます。

        有川浩の作品はこれまでにも何冊も読んできましたが、登場人物は多くが女性にもかかわらず、その生き方がみんな男以上に男らしい気がします。近著では”県庁おもてなし課”に登場する作家(一応男の設定ですが有川浩がモデルでしょう)も、男気(?)をめいっぱい発揮しています。まるで宝塚の男役のようで、彼らはみんな作者自身の性格の反映なんでしょうか。
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