弘前りんご_新参者の宝塚日記

大阪から転勤で仙台8年、青森県弘前で21年暮らした関西人が、関西圏とはいえ、大阪とは違った土地の宝塚に住み、いわば新参者として暮らす中で、見聞きしたこと、思ったことをつれづれに書き綴って行きます。
ベートーヴェンの最も美しい旋律がそこに。
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    (迷信?)

    ベートーヴェンは、モーツァルト、ロッシーニ、ドヴォルザークのように、湧き出る旋律の泉を持っていないから、あんなふうに短い動機を様々に展開し(弄くり倒して)、結果として壮大な交響曲第5番”運命”やディアベリ変奏曲なんぞを書いたんだろうと揶揄する輩がいます ^^;

     

    たしかにベートーヴェンはモーツァルト、ロッシーニ、ドヴォルザークのようにあふれるメロディーを書き留めるのに忙しいというようなタイプではなかったでしょう。

     

     

    しかし、そんな揶揄に対する立派な反例が、ベートーヴェンの宗教曲の大曲、ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)の中にもあります。その第四曲の第一部サンクトゥスから、第二部ベネディクスに移る冒頭(下にリンクを張っています)

    独奏ヴァイオリン(コンサートマスター)によるオブリガート(アンダンテ・モルト・カンタービレ・エ・ノン・トロッポ・モッソ)の旋律のなんと美しいことか。これを聴けば納得がゆくはずです。

     

     

    それはさておき、この曲は第9番で交響曲の枠を超えたベートーヴェンが、宗教曲でもミサ曲のカラを打ち破ったものとして音楽史上でも重要な作品です。

     

     

    従来のミサ曲は、ミサの儀式に誦せられる典礼文、『キリエ (Kyrie)』、『グローリア (Gloria)』、『クレド (Credo)』、『サンクトゥス (Sanctus)』、『アニュス・デイ (Agnus Dei)』などの歌詞にふさわしい曲をつけただけのものでした。

     

    しかし、ベートーヴェンはそれに飽きたらず、それを尊重しながらも、曲間に明確な関連性を持たせ壮大な構造とした、まさに交響曲的な存在としたのです。当然、そこにあるのはキリスト教的教義というよりも、ベートヴェンの世界観が強く感じられる作品です。

     

     

    今回、聴いた(観た)のは、

    独唱:マーリス・ペーターゼン(S)、エリーザベト・クールマン(A)、ウェルナー・ギューラ(T)、ジェラルド・フィンリー(B)

    合唱:オランダ放送合唱団

    管弦楽:ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
    指揮:ニコラウス・アーノンクール
    BSプレミアムで放送されたものでした。(2012年4月19日アムステルダム、コンセルトヘボウでの公演から)

     

    (ベネディクトゥスの冒頭から)

     https://youtu.be/yPNMYBfsqTY

     

    そんなベートーヴェンの命日が今日でした。

     

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    #音楽 #クラシック #ベートーヴェン #旋律 #ミサソレムニス #命日 #3月26日

    | 弘前りんご | 音楽 | 18:20 | comments(0) | - |
    歴史にイフはないというけれど。
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      (願望)
      もし過去のある事象がなかったら、あるいは別の形をとっていたら、一体どうなっていただろう?と歴史を見ていて思うことが多々あります。

      しかし、様々な事象が複雑に重なり合い、影響し合ってできている歴史、一つだけ変えて、後は都合よくそのままとは到底考えられません。なので考えるだけ無駄だと思うのですが、やはりその想像の魅力に抗するのは難しいかと。

       

      (試験・コンクールの持つ意味)
      そういう観点で、試験やコンクールを考えると、当事者にとっては合格、あるいは入賞を願わないではないですが、残念ながらその夢は叶わない場合もあります。問題はその後だと思うんですよね。

      それを人生の目標と考えるとショックは相当だと思います。しかし一つの通過点だと考えれば、次を頑張ろう、あるいは他にも選択肢はあると気持ちを切り替えられます。

      それに、一つの合格、入賞を人生の目標なんて思っていると、叶った場合にはその後は余生になってしまいます (^_^;) 

      それで目標を見失って、その後の人生そのものが寂しいものになる人も結構いるのではないでしょうか。

       

      (作曲家バルトークの場合)
      さて、試験というか、コンクールで思う結果が得られなかったことで、その後の人生が大きく変わった一人の作曲家のお話です。

      その人は、今日が誕生日のベラ・バルトーク(バルトーク・ベラ、ハンガリーでは日本語と同様、姓・名の順で記載する)。

       


      バルトーク・ベラ(1881年3月25日 - 1945年9月26日、wikipedia)

       

      24歳の時に、アントン・ルビンシュタイン音楽コンクールで優勝すると信じて臨んだものの、一位をあのヴィルヘルム・バックハウスに奪われ、大きなショックを受けます。

      しかし、その頃ドビュッシーの音楽を知り、また民族音楽研究の先達、ゾルターン・コダーイと出会ったことで、作曲家の道へと舵を切りました。

       

      (新たな人生)
      もちろん、一位は取れなかったものの、そのピアニストの腕前は群を抜いており、また教育者として才もあって、ブダペスト音楽院ピアノ科教授に就任していますし、彼の下からリリー・クラウス、ゲサ・アンダなどの名ピアニストが巣立っています。

      また指揮者のゲオルク・ショルティも彼からピアノを学んだといいます。

       

      歴史に"もし"は禁物かも知れませんが、もしコンクールで一位を取っていたら、そしてコンサートピアニストとして活躍していたら、作曲家としてのバルトークの業績は大きなものにならなかったかもしれませんし、我々は大きな財産を失っていたかもしれません。

       

       

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      #音楽 #クラシック #バルトーク #ピアニスト #コンクール #作曲家 #教育者 #歴史 #コダーイ

      | 弘前りんご | 音楽 | 03:11 | comments(0) | - |
      世界最高と言われたピアニストが亡くなりました。
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        (ポリーニ逝く)

         


        マウリツィオ・ポリーニ(1942年1月5日 - 2024年3月23日、wikipedia

         

        ピアニスト、マウリツィオ・ポリーニが亡くなりました。82歳でした。
        彼のピアノの録音を初めて聞いたのが、ストラヴィンスキーのバレエ音楽"ペトリューシュカ"のピアノ独奏版でした。

        ストラヴィンスキーのあの多彩なオーケストラ作品をピアノ一台で表現し切るそのテクニックと強靭な音に圧倒されたのを思い出します。残念なのは、生演奏を聴けなかったこと。

         

        (参考までに)
         ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの三楽章

         ポリーニ(Pf)
         https://www.youtube.com/watch?v=Z9wWKvBxFkw&list=PL_NUYmjdb-G97cO5OL9OX4jVcJF4jamkP

         

        (偉大なピアニストに至る道)

        18歳のとき(1960年)、第6回ショパン国際ピアノコンクールで審査員全員一致で優勝し、その時の審査委員長のアルトゥール・ルービンシュタインに、
        "今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているだろうか”と言わしめ、一躍国際的に活躍するピアニストの道を歩み始めるはずでした。

         

        しかし、それから10年近く、国際演奏活動から遠ざかり、国内のコンサート、リサイタルのみに出演しました。
        その理由は、自分はまだ若く、もっと勉強が必要であることをポリーニ自身が自覚していたためと言われています。

        なんとミラノ大学で物理学を学んだり、イタリアの名ピアニスト、アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリに師事するなどして研鑽を積みました。
        (ちなみに、ポリーニは、ミケランジェリより22歳若いが、誕生日は同じ1月5日生。またブレンデルより11歳若くて、同じ1月5日生という奇遇)

         

        1968年に国際ツアーを開始し、1971年から録音を発売するやいなや大ヒットを連発。
        最高のピアニストと呼ばれるに至ります。

         

        16世紀の音楽から現代音楽までと、非常にレパートリーが広い事でも知られます。

        彼の登場でピアニズム(ピアノ演奏法)が激変したといわれます。
        正確無比、人によっては鋼鉄のようで冷たいなどと評されることもありますが、正確さの先に表現できるものがあると考えていたのではないでしょうか。

         

        それを端的に示す演奏として、ショパンの練習曲をお聞きください。

        (参考までに)
        ショパン:練習曲集
        マウリツィオ・ポリーニ(Pf)

        https://www.youtube.com/watch?v=TV7_SPMaII4
         

        ご冥福をお祈りいたします。

         

         

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        #音楽 #クラシック #ピアニスト #ポリーニ #ショパンコンクール #ルービンシュタイン #ミケランジェリ #ストラヴィンスキー #ペトリューシュカ #ショパン #練習曲集

        | 弘前りんご | 音楽 | 16:52 | comments(0) | - |
        オーセンティックとはなにか。バッハに見る真正性の意味。
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          (オーセンティックとは)

          オーセンティック(authentic)とは「本物の」、「真正の」、「信頼できる」、「正統な」などの意味を持つ形容詞ですね。

          例を示すと、

           "その絵画の署名は真正(本物、正当のもの、本人のもの)であると確認された。"

           The signature on the painting was confirmed to be authentic.

          なんて使い方をします。

           

          (バッハにおいて)

          音楽におけるオーセンティックの問題に目を移すと、たびたび取り上げられるものの一つが、バッハの器楽曲はどの楽器で演奏するのが正しいのかというもののようです。 

           

          ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685年3月31日(ユリウス暦1685年3月21日)- 1750年7月28日)

           

          例えば私の好きなゴルトベルク変奏曲

          従来ハープシコードによって演奏することに疑いの余地はないとされていました。

          しかし、1955年にグールドピアノ演奏によるアルバムを発表するやいなや、クラシック音楽の世界に大きな衝撃が走りました。

           

          バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988/グレン・グールド(p)1955

          https://youtu.be/wwc7p-ynMPA

           

          それからというもの、まるでパンドラの箱を開けたかの如く、多くのピアニストがこの作品を取り上げるようになったにとどまらず、室内アンサンブル、オーケストラ演奏と様々な形態で演奏されるようになりました

           

          とはいえ、元々バッハの曲は様々な楽器によって演奏することに音楽的な制約はなさそうなことは、クラシックの演奏家ではなく、ジャズの演奏家達によって示されていました。ジャズ・アレンジのバッハ演奏がよく行われていましたから。

           

          JACQUES LOUSSIER "The best of Play Bach" (1985)

          https://youtu.be/9zO_v3HP7Wc

           

          しかし、それはクラシック演奏家達のあずかり知らぬこととされてきていました。

           

          (FRETWORK)
          さて、FRETWORKと云う団体(ヴィオールという古楽器奏者6名からなるグループ)をご存知でしょうか。彼らの演奏によるゴルトベルク変奏曲のCDがあります。


          ちなみにフレットワークという名前は、彼らが使う楽器がヴァイオリン属(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)ではなく、ヴィオール属のものであることから来ています。

          ヴィオール族の名前の由来は、ギター(あるいはマンドリン)のようなフレットを持っていることに由来します。

           

          ヴィオラ・ダ・ガンバ(wikipediaより)

           

          またヴィオールはフランス語で、イタリア語ではビオラ・ダ・ガンバになります。
          膝の間に挟んで固定して、弓で弾きます。

          FRETWORKは6名によるアンサンブルですが、全てヴィオール属の楽器であることから同質の響きが非常に良く溶け合い、音色が実に心地よいと感じます。
          それと共に、実にまっとうな解釈による演奏で、奇を衒ったところがなく、実にすっきりとした演奏です。

          だからと云って特徴のない平凡な演奏というわけではなく、ヴィオールに編曲する際に随分と練られたんだと思います。

          各声部のバランスが良く、この曲のポリフォニー的性質が美しく描き出されていると感じました。

          ヴィオールによるゴルトベルク変奏曲は、まさしく”あり”(あるいは真正である)です。


          Bach: Goldberg Variations (FRETWORK) harmonia mundi 2011

           https://www.youtube.com/watch?v=4tVqx3VY70o

           

          なんとも言えない典雅な香りのする演奏ですね。

           

          (おまけ)

           最後に、非常に珍しい楽器による演奏も聞いてみてください。

           チェンバロにリュートの弦を張った、ラウテンヴェルクと言う楽器によるものです。

           https://kitamahokif.jugem.jp/?eid=2365

           https://www.youtube.com/watch?v=UqpxCp01OyE

           

          さて、今日3月21日はバッハの誕生日(ユリウス暦)でした。

           

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          #バッハ #オーセンティック #何で演奏するか #ゴルトベルク変奏曲 #チェンバロ #ピアノ #グレングールド#FRETWORK #ヴィオール属 

          | 弘前りんご | 音楽 | 16:55 | comments(0) | - |
          誕生日が同じ人の共演?
          0

            (スビャトスラフ・リヒテル)

            スビャトスラフ・リヒテル(1915年3月20日 - 1997年8月1日)は、20世紀最高のピアニストと呼ばれています。

            まずは、彼の演奏をお聞きください。

             

             

             ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

             スビャトスラフ・リヒテル(pf)、クルト・ザンデルリンク 指揮、レニングラード・フィルハーモニー 管弦楽団(1959年)

             

            ラフマニノフは、リヒテルが愛して止まなかった作曲家の一人

            彼の作品の録音はどれもが決定版となっていますが、これもその一つ。

            奇しくもどちらも3月20日生れ(もっともラフマニノフの方はユリウス暦ですが ^^;)

             

            セルゲイ・ラフマニノフ (1873年4月1日(当時ロシアで用いられていたユリウス暦では3月20日) - 1943年3月28日、wikipediaより)

             

            (リヒテルとヤマハ)

            そしてリヒテルはヤマハのピアノを愛したことでも有名です。スタンウェイではなくなぜヤマハなのか。

            名ピアニスト、ミケランジェリが、彼の専属調律師タローネのところに修行に来ていたヤマハの村上氏を気に入ったことがきっかけとか。彼から紹介されたリヒテルはやはり彼をとても気に入りました。

            どこで演奏するにも、ヤマハのピアノと村上氏を連れて行ったとか。

            そして、ヤマハのピアノの工場(浜松市)を訪れたリヒテルは、ピアノを作っている人たちのために、2時間以上もコンサートをしたというではないですか。

             

            ではもう一曲、彼が弾くラフマニノフを。

             

             ラフマニノフ:12の前奏曲

             https://youtu.be/oEFhy1h6Enc

             

             

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            #音楽 #クラシック #ラフマニノフ #リヒテル #ヤマハ

            | 弘前りんご | 音楽 | 07:06 | comments(0) | - |
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            (弘前りんご)

            自身もバロック音楽の研究者であり、演奏家であるサルデッリが書いた、”失われた手稿譜 ー ヴィヴァルディをめぐる物語 ー” では、ヴィヴァルディが亡くなった直後から漂流し始める、ヴィヴァルディが残した膨大な手稿譜が本当の主人公であり、小説の形をとっているものの、そこに書かれたことはほとんどが事実です。

            しかし、その手稿譜がたどったその後の運命は、数奇としか言いようのないものでした。

            手稿譜を借金の方に取ろうとする債権者、取られるのを防ごうとしたヴィヴァルディの弟。

            修道士会に寄付されたものの、その価値がわからない修道士たちは、それをごみのように扱い、教会の倉庫の奥に放り込でしまい、長い年月の眠りにつきます。

            その後その存在を知った貴族が個人のコレクションとして入手。

            研究し、その散逸を防ごうとした研究者と、骨董的価値にのみ注目するファシスト政府との攻防。

            いずれも手に汗握る展開で飽きさせません。

            最大の貢献者の一人、ジェンティーリが追われて大学を去るときの言葉

            ”正しきものは、とこしえに記憶される” が、心に染み入ります。
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            旅屋とは、故あって自分は旅に出ることが叶わない依頼人に代わって旅をして、本人の代わりに希望の体験や目的を果たして、その旅の記録を依頼者に成果として届けるというもの。それを思い立ったのは偶然の出会いから。

            またタイトルのおかえりは、家に、故郷に戻ったときに掛けられる言葉、”おかえり” と、丘えりこの愛称、おかえりをもじったものです。そしてその言葉を聞きたくて旅に出るのです。

            旅屋の仕事としての旅によって、契約内容を遥かに超える成果(人間関係のもつれを解き、凍てつきを融かす)がもたらされるだけでなく、主人公、そしてそれを取り巻く人々の心までも癒やしてゆきます。

            そして成功するまでは故郷には帰れないと覚悟している主人公が、故郷で待つ母のおかえりという言葉を聞ける日も間もないというところで、小説は幕を閉じます。

            まさにハートウォーミングな小説。読後にじんわりと心があたたまる作品でした。
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